昨日は、津軽先生、関ご夫妻がミュージアムを発つ頃から小雨が降り出し16時半頃から雨。
待ち人の卸町のムシュー・タケダさんと竹野さんが17時チョイ前に、Satoru Sato Art Museum に到着。
竹野さんは初めての訪問、コレクション作品や映像の作品を観て頂き、何度か来て頂いているタケダさん、「凄い作品がなんで登米に在るのか不思議な感じですね」と、夜雨の中の三陸道をひとっ走り、タケダさんの運転する車は安定していて速い、3人でおしゃべりしながらあっと言う間に仙台に着きました。

2010_10_31[5].jpg 2010_10_31[6].jpgさて、31日は、最終3回目のまちかど演奏会。
ミュージアム前庭(及川伸之、高橋克也、O dazz Mocco)、登米市歴史博物館(BabyChou、Joy、BBQ)、みやぎの明治村(泉忠伸、首藤賢、三浦弘嗣)、みなみかた花菖蒲の郷公園(清水バンドと仲間、apons、野家 一行)4ヶ所で開催。

2010_10_31[4].jpg雨が降っていたので、それぞれ野外から室内に場を移動しての演奏会。それぞれ会場には観客も居て楽しそう、聴きに行って良かったです。

今朝、倉松先生から電話を頂き、「倉松です、今日はアート・トリエンナーレの最終日なので伺います」と電話を頂いて、15時5分に迎えに出て、歴史博物館や祝祭劇場をご一緒して夕暮れ時にサトル・ミュージアムに着き、ミュージアムをご案内。

2010_10_31[1].jpgプロテスタントと幾何学アートは関連するかなどと質問したり、心に伝わるお話をして頂いたり、今度、食事をする約束で、暗い田園地帯を車で通り、くりこま高原駅に送りました。

2010_10_31[2].jpg2010_10_31[7].jpg今日は最終日、多くの方々に支えられて、登米市全体を意識した大きなイヴェントも大成功に幕を閉じれそうです。とは言え、ボランティアの事務局は、まだまだ忙しい日々が続きそうです。

10月30日、関東沖近くに台風が接近、北に高気圧が在り天気予報は広範囲に渡り強風で大雨も降ると言う事で、欠席者も出るだろうと心配でしたが、9時に Satoru Sato Art Museum に集合した参加者は30名に届かず24名。

2010_10_30[2].jpg 2010_10_30[5].jpgその中にお天気屋さんと言われる太陽を背負って歩いている中嶋先生が「サトル先生、今日は天気予報が大雨でも私が居るので雨は降らないでしょう」と元気な声で安心しました。
他の皆さん大きく眼を開いて半信半疑、皆さん傘を持参した方も多く、勿論、私も持参しましたが、元宮城県副知事で元宮城県美術館館長の津軽先生は傘無しでした。

2010_10_30[1].jpg 2010_10_30[12].jpg仙台から数名、関空間設計の関会長ご夫妻も参加。
他に初めてお会いする方もいて、まずミュージアムのコレクション展を、そしてトリエンナーレに参加している映像の Cruz-Die(クルズ・デイエズ)、Kobayashi(小林はくどう)、Fabiana & Miura(ファビアナ&三浦)の部屋を案内。
庭には Kubota(窪田俊三)氏の作品、親子ワークショップの作品を観て頂き、その後、バスに乗って、南方町の南方花菖蒲の郷公園へ。
2010_10_30[3].jpgそこには Nakagawa 氏の作品が設置されています。
作品の中に入って皆さんで空を見上げました。
2010_10_30[4].jpg 2010_10_30[18].jpg作品を外から見るのと作品の中から外(空)を観る事は、一つの作品を通して、観る対象の視点を変える事により、一刀の元に思考転換させる意外性をさらりと楽しませてくれる作品です。
居合い抜きの達人でもありますからと(信用して下さったか否かは解りませんが)、そんな話をしながら、皆さんにはスタンプラリーも忘れずにきちんと、印を押して頂きました。

この公園には現代造形作家7名の作品が設置されているので('92 みなみかた国際アート・フェステイヴァル)全作品を案内させて頂きました。
今回、アート・トリエンナーレに参加の Takayama 氏、Colmenarez氏の18年前の作品が設置されています。 2010_10_30[13].jpg 2010_10_30[6].jpgその後、迫町の登米市歴史博物館に。


2010_10_30[7].jpg 2010_10_30[11].jpg 2010_10_30[8].jpg 2010_10_30[9].jpg
2010_10_30[10].jpg入り口近くから、Colmenarez 氏、Takayama氏、 Mavropoulos 氏、Ines氏、Kitagawa氏、Senou氏の6作品を順番に観て頂き、未だ、雨は降らず、その後、同じく迫町の祝祭劇場の野外会場へ。

2010_10_30[15].jpg 2010_10_30[17].jpgNaito 氏、Park・c-k 氏、P・Woo-mi氏、Saito氏、Numata氏の5作品を鑑賞、館長もご挨拶に出て来て下さいました(感謝)。

2010_10_30[16].jpgその後は、登米町、遠山の里に, 蛯喜屋さんで昼食を取り(みそ蔵を見学)、その後、ゆっくり Ichino氏、Sekimoto氏、Matsumiya氏の作品を案内。

その後、Eguchi氏、Serena氏の作品が在る、諏訪公園に。
諏訪公園が私の作品と知っている方が以外と少なかったので、多少、説明をさせて頂きました。

曇り空ですが雨も降らずに公園内をゆっくり散歩でき、再度、バスに乗りこんで、最終の石森地区に。石森章太郎ふるさと記念館の駐車場でバスを降り、空き店舗に展示した作品を。
まず、視覚アートに近い立体作品の Koshino氏の展示会場に入り、他に親子ワークショップとサトルのコラボ展、「遊びの構成/フレーベルに捧げる空間展」の共同作品、同じく向いの空き店舗では、〖祭り〗の作品を観て頂き、空き店舗4店目には Hatakeyama 氏の視覚アート作品、小さな平面作品と説明紹介文の展示室になっています。

更に、そこから歩いて5分ぐらい、石森小学校の校庭側の前を通って、前田公園真向いの高台に立つ大作の Moriya 氏の作品を観るのが今回の最終点、作品完成当時、現地に来て作品を観ている阿部さんや、中嶋先生から今年の猛暑で太陽光線で大きな布に塗られた3原色の色が、鮮やかさを失い、色あせて、雰囲気が違います。阿部さんは詳しく説明していました。

無事、野外作品の鑑賞を終えてバスに乗ってミュージアムに帰りました。
ミュージアムに戻り、関会長が、確か、お天気を持って来た方が居たけど、本当だったね!と関心、雨にも遭わずに楽しい6時間を過ごさせて頂きました。

10月28日、13時30分。登米市東和町の首藤委員長はじめとする米川長生大学移動研修の皆様(鱒渕・竹峯会30名、米川・若草会29名等、全員で98名の方々)が、大型バス2台で予定時間丁度にミュージアムに到着。

2010_10_28[8].jpg一度に大勢の方が入館されるのをご案内するのは私にとっては初めての事。センター所長、アート・トリエンナーレ事務局長、スタッフ一同と一緒にお出向いできました。

2010_10_28[9].jpg80代のご夫人の中には石森仲町出身の方も居て、楽しいお話も。
東和町米川は仲間や知り合い、世話になった方々も多く、綱木の三経塚・隠れキリシタンの里のモニュメント依頼を受けた時は、小野寺和彦夫妻、佐藤憲一夫妻、当時の東和町の担当課長の小野寺富夫さんにもお世話になり、皆様とは20年近くの付き合いです。

2010_10_28[10].jpg 2010_10_28[11].jpg佐沼高校の同級生もいますし、以前、お聞きしていた佐沼中学校を退職された先生とも私の両親と親しくしていた方々もいて、作品を案内しながら昔話に花が咲いたり、「あら、うちの孫に見せないとね、こんな素晴らしい施設が在る事、知らなかったわ!」、

2010_10_28[12].jpg 2010_10_28[13].jpg「なかなか、ハイカラで色が楽しいね」、
「あらー、光が奇麗に、ほら、あなたの背中にも色が映って見えるわ!」、
「面白い、とにかく、驚いたね、又、ゆっくり、友達連れて一緒に来るから!佐藤先生は未だ田舎に居るんでしょう。」

2010_10_28[14].jpg100名近くの方々が乗った大型バスを小雨降る中で、見送りました。

松戸に会社を持つ、私のブログに度々登場しています佐沼高等学校の同級生・高崎信昭さん一行8名が10時に到着。

2010_10_28[1].jpg 2010_10_28[4].jpg高崎夫人、息子の竜司副社長はじめ、ご家族の方々、米山が実家ですから、お姉さんはじめ米山の高崎一家も同伴で、わんぱく信昭ちゃんの昔の話も。
なんでも、親父さんが自慢の家を新築した時、昔、きちんとした母屋には白壁が使われている事が多かったのですが、なんと、未だ、乾かない白壁に、自信満々として信昭少年は絵を描き、後で親父さんに見つかり、蔵に閉じ込められたと言う話を聞いて、チャメッケは元々なのだと!
それにしても当時は絵が好きで絵描きを夢見ていた様子。
親父からもう絵を描くなと叱られて絵を諦めたという話を聞いて、信昭少年が絵を描き続けていたら、今頃は、パリかニューヨーク辺りで会っていたかもと、楽しい笑いの一時でした。
サトル・ミュージアムの図録を3冊お買い求め下さり、感謝で~す。

2010_10_28[2].jpg 2010_10_28[3].jpg11時半過ぎには、雨の中、仙台から造形作家の翁ひろみさんが、以前、大学で教鞭を取って居た頃の元・教え子の方々とお弟子さん達、6名の方々と車で訪問して下さいました。

まず、ミュージアムの作品を観て頂き、ミュージアムの図録を購入して頂き感謝!
「高山さんの作品も観ないとね、それと、江口週さんの作品も、ここから遠いですか?」、
ご一緒に5ヶ所の他の展示会場をご案内したかったのですが、20分後に100名近くの団体訪問者が来ると言う事で、慌てて、諏訪公園迄まで道案内して別れました。

2010_10_28[5].jpg 2010_10_28[6].jpg午後に時間が取れれば、再度、会いましょうと約束しましたが、教えて頂いたひろみさんの携帯電話のナンバーが違った様で連絡が取れなかったのです(間違い電話で、3度電話をかけてしまい、その都度、ひろみさんですかと言うと、女性の方が違います言われて、すみません!迷惑をかけました。ひろみさんは私が忙しそうなのでと遠慮して電話をかけて来なかった様子。

その日は、小雨降る中、仙台や大崎からのぶらりと立ち寄ったと言う方々とも、お話し出来ました。

2010_10_28[7].jpg

10月22日は、アート・トリエンナーレに参加頂いている造形作家の内藤松子さんが、大学時代の友人、画家の鈴木照子さんと池田章子さんを連れて再度会場に足を運んで下さいました。

池田さん、鈴木さん(3人は高山登さんと同期生)とは、パリや東京でお会いしている方々でもあり、久しぶりに楽しいおしゃべりができました。
午前中は事務局長の及川さんがご案内、昼食は窓際に席を用意して頂き北上川を眺めながら<美味しいうなぎ>を、パリの話しや東京の話し、小林はくどうさんの話しも出て楽しい会話、5人での昼食後は及川さんとバトンタッチ、午後は私の案内で会場を廻りました。
何ども、何度も、「佐藤さんは幸せ!ふるさとが温かいですね」、 異議無しで納得で〜す。

24日は、アート・トリエンナーレに参加の北川順一郎さんが画家の茂木英子(奥様)さん同伴でまずミュージアムに直行(茂木さんは、サトル・ミュージアムのコレクション展を富岡美術館で企画しようと密かに動いて下さっている企画画廊・画廊モテキのオーナーでもあります)、ミュージアムのコレクションの一部を観て頂き、クルズ・デイエズの作品が大好きな方でもあり、「クルズの映像は凄いね、それにしてももったいない!もっと、多くの方々に見せたいね。それにしても、市民は幸せ!タダで観れるんだから」と言われて嬉しくなりました。

その後、昼食は、前からの約束の〈美味しい天然うなぎ〉(2年前に茂木さんの妹さん姉妹が女子美の先生方と一緒にミュージアムの作品を観に来て頂いた時、北上川を眺めながら皆さんで美味しいうなぎを食べているので)、食通の北川さんは、一言、〖うな重でなく、ご飯とうなぎを別々にして頂くと、その良さがすぐ解る訳と、うなぎ蒲焼き定食を注文、そして、出て来た美味しそ うな蒲焼きを一口、二口してから、成る程、米もうまいし、うなぎも美味しい、風景も奇麗で、のんびり、美味しい空気と美味しい水がある、タッチャン幸せだね!〗、私は〈うな重〉を食べて納得して満足、いつ食べても美味しい〖うなぎ〗でした。

午後、野外作品の展示会場を廻り、歴史博物館では偶然にも佐沼高校の後輩で宮城大学・学生の阿部原巳君に声を かけられて立ち話もでき、その後、再度ミュージアムに戻り、〈現代ダンス〉を拝見して、す ぐにお帰り準備、最終訪問先は江口週さんの作品。

2010_10_24[1].jpg 2010_10_24[2].jpg午後4時半過ぎる頃は既に黄昏れ、曇り空なのに奥羽の山々、くりこま山のシルエットが諏訪公園の江口先生の作品の中に現れていました。

〈うなぎ〉と言えば、一週間前(10月16日)、佐沼高校卒の大先輩(4回生卒)、日本酒が大好きなSFM会長の城市富夫先生が高橋武比古先生のご案内でミュージアムに。
城市先輩は既にミュージアム・オープン前に、大型バスでSFM研究 グループを引き連れて訪問して頂き、今回で4回目の訪問(丁度、土曜日は市民のアートふれあい交流会で3階の市民ギャラリーで学芸員になってみようの親子ワークショップ、12時終了)、昼食はどちらでととお聞きしたら〈うなぎ〉でしょう、佐藤君の自慢の登米のうなぎをね、既に高橋先生が教え子の居る、うなぎ屋さんに予約を入れていた様で、15分程遅れで私は到着、ぎりぎりセーフ、〖しつまぶし〗を、これも美味しかったです。高橋先生の招待で恐縮でした。

2010_10_24[4].jpgそれからミュージアムに戻り、城市先輩の同級生、上沼タクシーの石川社長さんの見舞い品を、奥様にお渡しして、その日は佐沼泊まり、美味しい地酒、高橋先生と一緒に澤の泉を飲んだ事で しょう。登米町には北上川を眺めながら〖うなぎ〗を食べれる所が2軒在りまして、清川と東海亭、どちらもそれぞれ、蒸し方、焼き方、タレと微妙に違いがあり、どちらも美味しいのです。

2010_10_24[3].jpg 

10月23日、「あなたのトリエンナーレ・コンテスト」の表彰式が行なわれました。

  2010_10_23[3].jpgコンテストに参加した方々が10時に市民ギャラリーに集合、幼稚園児から70代の方迄、力作の作品が展示され、表彰状が手渡されました。

2010_10_23[2].jpg 2010_10_23[4].jpg子供達との絵画教室展や大人の絵画教室展に参加した方々が中心に参加して下さり、楽しかったです。

2010_10_23[1].jpg

10月16日、「学芸員になってみよう!」に参加者した方々は、【僕も私もアーティスト制作作品を描こう!】に参加した方が多く、登米市歴史博物館、とよま明治村、サトル・ミュージアムの3会場に出向いて野外作品の絵を描いた親子の皆さんが、自分達の作品を額装して展示すると言う作業です。

2010_10_16[1].jpg 2010_10_16[2].jpg今回、初めて参加して下さった大崎市から来た二人の女性(東京の会社から大崎の工場の方に赴任して来ている若い可愛いお二人さん)の方々は、子供達のお手伝いまで応援して頂きました。

2010_10_16[3].jpg 2010_10_16[4].jpg額に作品を入れてから展示、子供達の視線に合わせてと言う楽しいアイデアは、ボランテア事務局の中嶋女史から。
皆さん白い手袋をして、親子共々、皆さんで頑張って下さいました。

2010_10_16[5].jpg 2010_10_16[6].jpg学芸員の仕事は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究、その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる(博物館法第4条第4項)と言われます。
学芸員が行う職務の類型は、研究・調査、収集・展示普及、保存・管理とされ、展示普及においては社会教育施設における教育従事者としての立場も含まれる様です。

2010_10_16[7].jpg 2010_10_16[8].jpg

石森小学校3年生一行が、石巻見学旅行の帰り、サトル・ミュージアムを訪ねました。
担任と付き添いの先生方3人、鈴木久美先生、高橋尚先生、小野寺慎一先生、特に、小野寺先生は何度も子供達の付き添いで、ミュージアムに足を運んで下さり、2-3階への階段の誘導、作品に手を触れ無い様にといった事を事前に生徒達に説明して下さいました。

2010_10_25[1].jpg 2010_10_25[2].jpg今回は特に、多くの生徒からの質問が飛び出し嬉しい一時でした。
〈絵を仕上げるのに、どれくらいの時間が掛かるのですか?〉、〔作品を描くときは、ひらめきが在った時に描くのですか?〕、「ひらめきはどんな時に出て来るのですか?」、〈普段はどんな事を考えているのですか?〉、鈴木先生からは「作品を描く時、他の作品も同時に平行して制作する事はあるのですか?」と、非常に突っ込んだ楽しい会話が出来ました。

2010_10_25[3].jpg 2010_10_25[4].jpg今回、9-10月で、なんと、石森小学校の全生徒の後輩達とミュージアムで会えたのですから、教頭、校長も既に何度か、時にはプライベートでミュージアムの作品を見学為さっている時に偶然お会いしたり、嬉しい限りでした。

2010_10_25[5].jpg2、3ヶ月ぶりに会う後輩達は元気に、学年によって、担任の先生の指導で、学生が自分で気に入った作品を選んで、作家名やタイトルと感想をメモする学生達、自発的に絵を描き出す学年、正に今年の夏は石森小学校がミュージアムにアート・トリエンナーレに大移動と言う感じでした。

特に今回、ミュージアムの中に設置されている、絵画や彫刻と異なる映像作品を観るのは初体験で、描く以前に観て遊ぶ、体を動かす、子供達はかなり衝撃を受けた様です。

2010_10_25[6].jpg映像の中に入って遊ぶ子供達、作品と一体化して自分も作品の一部として遊ぶ小学生を観て、時代は変化していると。私が小学4年の時、初めてフランス、オーストリア、スイスを旅した方の講演を聞いて初めてヨーロッパを意識し近くなった事を思い出しながら。

これからの子供達がどのような夢を見つけて、夢を追いながら、夢を膨らませ、意識の中で何処に旅立つのか楽しみの一つ、熱い!暑い夏が、何かの土産を残して新たな風が秋を迎える様です。
生徒諸君と我が母校の父兄の方々にも感謝しながら・・・。

2010_10_25[7].jpg11月1日は、アート・トリエンナーレの招待作家、守屋さんとその作品&子供達とのワークショップが計画され、我が後輩達は素晴らしいアート体験を得る事に成るのではと期待している所です。

10月21日、11時10分、小野寺先生と、2年担任の阿部先生、生徒21名とプラス高橋先生と3名の我が後輩達がミュージアムに到着。

2010_10_21[10].jpg 2010_10_21[11].jpg既に、3ヶ月前に会っている生徒諸君、阿部先生が、夏休み前にアート出前講座でワークショップして下さった佐藤さとる先生ですよと紹介の直前に、生徒の中にはアレやっぱりサトル先生だ!と、既に、何度かミュージアムに来ていた生徒もいました。
早速、靴を履き替えて2階のFabiana さんの映像展示室、3階のサトル作品展示室、小林はくどうさん、Crez-Diez さんの映像展示室に。

2010_10_21[12].jpg 2010_10_21[13].jpgそしてミュージアム・コレクションの幾何学構成絵画作品展示室を案内、映像作品展示室では、作品の中に入り込んで影を作ったり、自分のシャツに投影する色や明かりを観て大騒ぎと、楽しい40分間でした。

2010_10_21[14].jpg 2010_10_21[15].jpg帰り際は、庭に出て、窪田俊三さんの作品を見て、その前で記念撮影。

2010_10_21[16].jpg 2010_10_21[17].jpg生徒諸君の送迎バスの運転手さんは安全運転を守る石森町二ツ木の菅原さん、彼も石森小学校で学んだ方、登米アート・トリエンナーレの巡回バスの運転も応援して頂いています。

10月21日、昨日に続き、石森小学校の学生、教務主任の小野寺先生と1年生担任の石川先生、生徒は27名、元気一杯でミュージアムに入って来ました。

2010_10_21[3].jpg 2010_10_21[1].jpg昨日の6年生と異なり、より感覚的に心体で受け止めている様な雰囲気、展示室の床に腰を下ろして、自分の好きな絵をメモする程度に描き留めるものと思っていましたが、実際に本物の作品を観ると真剣に素直に描き出している自然の光景に、なぜか胸を撫で下ろしていました。

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2010_10_21[4].jpg 2010_10_21[5].jpg 2010_10_21[6].jpg 2010_10_21[7].jpg

2010_10_21[8].jpg 2010_10_21[9].jpgそして、きちんとした声での質問、礼儀正しい挨拶に驚きました。
とは言え、直感的に行動する元気な子供達を見て我がふるさとは生きているんだと実感、石森の街は静かでほとんどの商店街は空き店舗・・・、寂しい思いがふと楽になりました。
まだまだ、未来は明るいと。

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Satoru Sato

サトル・サトウ
画家・造形作家
パリに滞在して40年、
画家・環境造形作家として、
アートに専念しています。

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