Friendsの最近のブログ記事
神楽坂には私がパリに留学する前からの知り合いが居るのですが、時間が無いので挨拶無しで通り過ぎました。が、臼井歯科医院は健在!
さて、日本出版クラブ会館での東京中田会。
佐沼高校の1年後輩の菊地君が会長で、時々、メール連絡させて頂いている事務局長の佐藤さん(彼の奥様は、私と同期の吉城の素敵な妹さん)や先輩の小峰サン、会場には元・中田町長の三浦さん、石森町の関係では、元・イラク大使(イラク戦争で人質解放の為に活躍した事で知られています)の片倉邦雄先生、菅原大先輩、蓬田収さん(兄の同級生)の同期はいつもの様にまとまりが良く4、5人集まって居て、皆さんにご挨拶。
佐高の同級生は、宝江の春日の勝ちゃんのみ。
南方町の遠藤誠幸先輩にも会えて楽しい一時を過ごさせて頂きました。
登米市中田生涯学習センター、サトル・ミュージアム担当、佐藤静樹君が来て、夏に始まるアート・トリエンナーレのポスターを貼ったり、紹介・説明など頑張って頂き一安心でした。
3日土曜日は、新幹線で東京に。
午前11時、銀座のパウリスタで江口週先生と、妹尾ナオキ君との打ち合わせ。
東京駅に10頃着く新幹線の指定は満席。結局、7時の仙台発、はやてで、9時前に東京駅到着。
9時半頃から、銀座でブラジルのコーヒーを輸入して初めて開いた喫茶店で有名なお店に(銀座に行ってブラジルのコーヒーを飲むのが銀ブラの始まりで、今は、意味が違って銀座をぶらつくのが銀ブラと成っている様ですが)、冷房が効いて、はじめはホッとしていましたが、30分も新聞を読んだり温かいコーヒーを飲んだりしているうちに、体が冷えて、優しいウエートレスさんが、コーヒーお替わりいかがでしょうか?と言われて、3杯目に。
11時丁度に、江口先生が見えられました。
1974年、新橋の第七画廊で個展を企画して頂いた時、美術評論家の岡本謙次郎先生や第七画廊の岡本武次郎さんの紹介で、江口先生とお会いし、その後、パリでお会いしたり、親しくさせて頂いているので、今回の理想郷・幾何学構成アートの祭典に強引に参加して頂きまして、その打ち合わせでした。
用事が済んで、やっと銀座通りに出ると、夏の暑さにホットしました。
この時点で、未だ、バルセロナで立体造型を学んだナオキは来ていないのです。
1時間待っても、待ち人来ず、12時を過ぎたので、今度は、飯田橋迄、神楽坂の近くに在る、日本出版クラブ会館での東京中田会に出席の為、移動しました。
JALの直行便、パリより成田迄、搭乗時間10時間40分の旅を終えて、6月24日、1年ぶりの懐かしい蒸し暑い、東京に無事、着きました。時差ボケが出ないうちに、25日は早速のミニ・同級会。
今回は、春日の勝ちゃンの企画で、仲間の方々に連絡して頂き、女性群はいつもの様に、澄ちゃん、昌子ちゃん、石森組はミネコちゃんが中心に連絡を取って下さり、私のブログに登場している佐沼高等学校4回生の城市大先輩、17回生の菊地君も特別参加、同期の男性群は、和夫ちゃん、勝ちゃん、番長・信昭ちゃんと私で6名、女性群は敦っちゃん、祥子ちゃん、得ちゃん、涼子ちゃん、キクちゃん、ミネコちゃん、桂子ちゃん、千恵ちゃん、千鶴ちゃん、澄みちゃん、昌子ちゃんの11名、皆さんで17名が東京駅北口、北町ほろ酔い通りで盛大に、楽しかったです。
26日は、北川さんと地球堂ギャラリーで待ち合わせ、その後、コーヒーの美味しい銀座のパウリスタに、高山さん、小林さん、窪田さん、守屋さん、中川さん、市野さん、斉藤さん、それに美術評論家の松浦さんも加わり、登米国際アート・トリエンナーレ=理想郷・幾何学構成アートの祭典の作品設置場所の簡単な説明など、顔合わせ。
他に、推薦作家の沼ちゃん(沼田)、バルセロナのNaoki(妹尾直紀) 、まちこちゃん(鹿野)とその友人と会い、会談後は中川さんと久しぶりにナビス画廊に同行、松浦サンの個展を拝見。
夕食は小岩で、29日朝は、大阪グランヴィアホテルで親戚の賢ちゃんと1年ぶりに再会、彼は朝日テレビに勤務後、今は大阪日伊協会の事務局長、忙しくしている様子。
11時には定刻通り、今井美樹先生が砂時計の前に来て下さり(賢ちゃんを紹介してから)、そこか
昨年からの約束どおり、佐沼高等学校新制第4回生卒の城市富夫 大先輩がパリに来て下さいました。
何度も旅しているパリへの今回の目的は、ショパンがパリに住んでいたヴァンドーム広場の場所を確認(写真を撮り)、ショパンが住んでいた建物が見えるヴァンドーム広場の絵葉書とストラップを買いに来たのです。
それは5月24日、ホテル・ニューオータニで開かれる、城市富夫先生の"喜寿の会"(77歳)のお祝いのお返しに出席者全員にプレゼントする為のもので、友人の画家で立体作家でもある、Mavropoulos と一緒に捜し廻って見つけ出した品でした。
以外とどこにも在りそうで見つけられなかった可愛いストラップでした。
東京から既に〖城市富夫氏、喜寿の会 〗幹事の外村孝史様より、又、佐沼高校第17回生卒のおなじみ、菊地 薫 氏より、城市先生のパリ滞在を心配して私の方に何度かメールが届いていましたが、お二人の心配をそよに城市大先輩は元気一杯、楽しんでパリを発ちました。
![Tomio_Joichi[2].jpg](http://satorusato-artmuseum.jp/blog/satoru/Tomio_Joichi%5B2%5D.jpg)
久しぶり、同級生のヒサコちゃんからのニュースが届きました。
仲間の律子(佐々万)さん、井組さんと、ご一緒に、元気な様子、夏に再会出来るのを楽しみにしている所です。
![2010_04_28[1].jpg](http://satorusato-artmuseum.jp/blog/satoru/2010_04_28%5B1%5D.jpg)
達さま
先日、気仙沼の律子(佐々万)さんが井組さんを訪ねて来ました。
三人で達さんの美術館にも行ってきました。
西館にある山王の桜や南方の千本桜そして平筒沼と小雨の中でしたが桜を見て回りました。
律子さんは美術館初めてだそうでまた来ますとのことでした。
アイスランドの火山も心配ですね。
写真は雨の中の山王の桜です。 ヒサコ
ブログに度々登場の辛口・一刀斎からのメールは珍しく、ホットな写真 ! ☃♬◎☆です。
我が家にも小さな犬が居て家族と共同体、よくわかりますが、これらの写真はさすがにUSAらしいと感心しました!
動物シリーズの評判が高いですよ。
やはり何かがあるのでしょうね。
この写真でも、人間と同体・・・→ら、背にしても
その発想が素晴らしさを呼ぶようです。
東京は雪がちらつきました。
外ではせき込む人が増えているようです。
ヤマを越えたはずの新型インフルエンザが戻らないといいのですが。
相変わらず身勝手な政治家にはあきれてしまいます。
自国民をないがしろにして平気で好きなことをやっています。
一 刀 斎
画家で造型作家の飯塚八郎さんの紹介で、20年前の話ですが、フランス語と絵画を学びにパリに留学したいと言う事で、我が家に1年間滞在していたマイちゃんと久しぶりに再会出来ました。
当時は娘のアキ(暁)が小学生で、お姉さんと慕っていたマイちゃん、今日はマイちゃんの好物のクレーム(カフェ・クレーム)とカイザーのケーキで楽しい会話、昔が帰って来た様なホットなお茶会が出来ました。
マイちゃんのご主人、山形(Yamagata Masashi)君が、今月の2月10日より24日迄、パリで個展開催(オープニングには顔を出して作品を拝見して来ました)、山形君はTSAの学生時代、マイちゃんが飯塚先生の応援に小諸のアトリエに行った頃からの付き合いで、マイちゃんがパリに居た時に確か友人の作品の資料を見せて下さった事が在りましたが、その時の友達がご主人の山形君でした。
マイちゃんも美術家で制作発表している美術家夫妻、此れからが、楽しみです。
写真は、20年ぶりの我が家でのマイちゃんと、ご主人の山形君の個展会場での山形夫妻の写真です。
![2010_02_06[1].jpg](http://satorusato-artmuseum.jp/blog/satoru/2010_02_06%5B1%5D.jpg)
久しぶりに、田舎の雪景色の写真がパリに届きました。
送り主は、ブログに登場しています同級生のヒサ子ちゃんです。
今年の冬は寒暖の差が激しく、一昨日築館で-12゜になったかと思うと今日は+12゜になったりと体調管理が大変です。
写真は2月6日、庭で撮りました。
度々、私のブログに登場しています、ラグビー・キチで酒豪の一人、佐沼高等学校、第17回生、1年後輩の菊地 薫 君よりメールが入りました。
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パリ サトル先輩様
ホデナス後輩です。
相変わらずの得意な "音無しの構え" をお許しの程。
お変わりなくご活躍の事と思っております。
実は、昨日、城市大先輩と一緒に阿部幹男さんとお会いしました!!
何と何と、あのバスケ部で鬼のように強い阿部さんでした!
いや〜、しごかれたものです。
あれが有ったから小生の基礎体力も、何とか青びょうたんから少しは成長し、道端の雑草くらいにはなれたものでした。
若かりし頃、ヒマラヤに行けたのもあのおかげです。
黒沼十文字までの死の往復ランニング(一日置きに)!
15歳のハナタラスガギには、18歳の180cmの人は、まさに人ではありませんでした!
けだし仁王様!
あの、あのイダグラの阿部さんだったとは・・・
10年程前になりますか、仙台のバスケ部OB会でお会いしましたが大勢の中でしたので、阿部さんとは長い話は出来ませんでしたが、卒業後の長い長い話とご活躍を、じっくり、しっかり、伺うことが出来ました。
不思議だった「南方の彫刻達」の謎が、一気に解けた思いです。
これまで、一度も達先輩から、板倉の阿部さんの話が出て来ませんでしたので、一体、どこでどうつながっているのか、と思ってましたが・・・
昨夜の東京の夜、又、昔話も出て良い時間でした。
取り急ぎ、今日はここまでで失礼します。
あとは、今年お帰りの時までのお楽しみに。
ナマスカール!
(ブログには載せません様に・・・・)
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城市先輩とは、新制佐沼高校第4回生卒の大先輩。
東京では、赤坂、新橋、青山、六本木、新宿、時には浅草とハシゴをする酒豪の大先輩、母校思いで高校の寄付金額リストではトップ!
高校の応援団の指導を、母校である早稲田大学の応援団に依頼して、佐沼高校迄送り届けてくれたり、開校記念講演を2度為さって居る大先輩(此れ迄2度講演した方が居ない)です。
後輩の面倒見も良く、私などはいつも酒が飲めなくとも食べる方が専門、六本木の美味しい焼き鳥屋、青山のワインの専門店、新宿では京のおでん亭に。
特にウナギが大好物と知っている大先輩は、日本に行けば必ず最初に赤坂でウナギと日本酒等等、食べる飲むだけでなく時にはカラオケも!
そうそう、菊地君のメールに書かれているバスケのイダグラの阿部幹男さんとは私の一年先輩でバスケットの選手として活躍した親戚の幹男ちゃんの事です(彼が3年の時、私が2年、菊地君が1年生)。
大学のバスケでも鳴らし、強化合宿から戻ると(休みになると)ぶらり新宿に学ラン姿で現れるツワモノ、大卒後は殖産住宅に勤務、なんと東京の営業では売り上げトップを記録した行動派、当時は新車のマークII を乗り回し営業で遅く成った時に(接待でお酒が入り)私が住んでいた歌舞伎町の伯母さんの所に泊ま込んだ事も。
その後、田舎に戻り、美味しい米作りに専念。
幕張にできたフランスの大手スーパー・カルフールで販売されていた美味しいお米は彼が取りまとめた登米市南方アグリ・センターのお米です。
宮城県青年農業ヨーロッパ村めぐり研修旅行でもパリに、その後、空間造型アート企画の所長で何度もフランスに出張していました。
私が最初に野外の立体作品を制作したのは、彼が南方中学校のPTA会長をしていた時に文部大臣賞を頂いた記念碑にと作品依頼が在ったのが初めて。
その後、国際みなみかたアート・シンポジューム(現代彫刻の7人)が南方町で開催されましたが、初めに言い出したのが幹男ちゃんでした。
外国人を含めた7名の作家が滞在、南方の当時・若手町民の強い応援があり、町の子供達とアーテイストが温かく交流出来たのも、幹男ちゃんが中心の仲間の皆様がボランテア協力体制を作り、パリで会っている孝雄ちゃん(佐々木)、啓一ちゃん(佐藤)、よしみちゃん(千葉)、ツトちゃん(小野寺)、設計の小野ちゃん、いろんな方々の応援が在って楽しい時間を過ごさせて頂きました。
ナマスカール!とは、ネパール語で、さようならと言います。菊地君は、ヒマラヤに登るため、ネパールには何度も訪れている山男、長期滞在で、現地語も堪能の様です。
ブログには、載せません様に・・・・と記されていましたが、電話をかけて了解を得ました。
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