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テニスの4大国際大会(グランドスラム)と言えば、全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープン。
その全仏オープン Les Internationaux de France, Le Tournoi de Roland-Garros は、パリの「ブローニュの森」の隣にあるスタッド・ローラン・ギャロス(Stade Roland Garros)で今年も5月23日から熱戦が繰り広げられ、6月6日に男子決勝戦で、15日間の幕が閉じました。

Roland-Garros[1].jpg35年前、友人に誘われて運動不足解消の為にとアトリエの近くパリ17区の競技場に隣接するテニス場に遊びで通った頃、当時、全仏オープン4連勝、通算6回優勝のボルグのマネをして楽しんでいましたが、14区に引っ越してからは肩を痛めたせいもあり、現在は観戦のみ。
クエルテンやアガシそしてフェデラーも大好きな選手ですが、ナダルは格別です。

今回は第5シードの昨年準優勝のセーデリングとの決勝戦は第一セットから緊張の連続、第二セットの2ゲーム目が分かれ目と言いましょうか、セーデリングがブレークポイントを握った場面からナダルの復活が証明されました。
赤土の上を滑って機動力を発揮する姿は、一流の現代ダンサーの人間業を越え正にスピードの限界に挑戦する頭脳プレーと躍動の美しさ見せてくれました。

彼は四大大会では昨年の全豪以来通算7度目の優勝、全仏で5度の優勝はボルグの6度に次いで単独2位、7日発表の世界ランキングで、フェデラーに代わって約1年ぶりに1位に復帰しましたね。ナダルと言えばスピンを利かせた強烈なショットと機動力、見せ場を作り、感動の決勝戦でした。

6月5日の女子決勝、イタリア人のフランチェスカ・スキアボーネが優勝するとは、こちらも感動一杯でしたね。
そして、車いすテニス部門では 国枝慎吾選手の4年連続優勝、此れは凄い!

全仏オープンの後は、ウインブルドンに眼が移りますが、来週から南アフリカでのサッカーのワールドカップ開催、皆さんテレビの前で観戦、私はフランスと日本を応援する予定です。

サッカーとなるとフランス人は、というよりヨーロッパ人は異常な程に熱狂しますから、特にラテン系は格別、1ヶ月間近くは大変でしょうね。
それに7月から学校は夏休み、その後、自転車のツーデウ・フランスも始まる頃にはパリは観光客に占領されてパリジャンの居ない静かな街に成っている頃でしょう。

2010_5_23[1].jpg2010_05_23[2].jpgシャンゼリゼ大通りが、5月23、24日、2日間封鎖!
自然都市に瞬間移動しました。

凱旋門広場からロンポワン・デ・シャンゼリゼまで、シャンゼリゼ大通りが2日間封鎖されました!
と言っても、事故が起きた訳ではありません。


シャンゼリゼ大通りのマロニエの並木道は皆さんが散歩している歩道ですが、普段、車が走る渋滞の大通り、八車線の車道が田園風景に瞬間移動ですか2010_05_23[3].jpgら驚きです。

なんと牛や羊も、至る所に樹々が並び、野花が、葡萄畑も登場、森林や田園風景をカフェのテラスから眺めながらコーヒーの味は格別です。

この企画はフランスの農業青年組合の企画で森林組合も協力、やる事はさすが意志表示がしっかりというか表現がシャレていると言うか感心するばかり。


普段、排気ガスの充満するシャンゼリゼ大通りは、酸素が一杯、それにしても24日のパリの昼の気温が今年最高の29度でしたのでちょっと家畜や植物が心配でした。

2010_05_23[4].jpgなんと!日曜日と祭日の2日間で180万人が集まったとか・・・凄い人でした。

3月1日、厳しい寒さも峠を越えて、朝の光が庭の枝の間からガラス窓に反射して、外の青空は高く高く清々しく、気分最高の朝を迎える事ができ、何となくホッとした感じです。

Canada vs USA.昨夜は遅く迄(日本では既に3月1日)、皆さんと同じ様に、第21回冬季オリンピック競技バンクーバー大会最終日、アイスホッケーの決勝戦は最高の盛り上がり延長戦迄行きテレビの前で釘付けでした。
閉会式も、冬季五輪史上最多の82カ国、約2600人の選手が参加、7競技、史上最多の86種目で競われた大会。17日間の見事な盛り上がりでバンクーバー大会最高の閉会式も素晴らしく感動的でした。開催地カナダの後半からの活躍で金メダルも14個と吃驚しましたね。

ところが、皆さんご存知の様に、南米チリでの(2月26日=日本では27日)マグニチュード(M)8・8地震は、700人以上の死者を出し、行方不明者も多数出ており、死者数が拡大する恐れがある様子。その上、地震は終わった訳ではなくM6の余震もおきている様子、同時に心配された津波も太平洋を越えて宮城・岩手の三陸海岸迄届き、フランスのテレビ報道はかなり情報豊かな感じです。
昔、チリ津波の影響で宮城、岩手で多くの死者が出ていましたが、今回は、前回程の様な大きな被害も無くホットしています。

フランスのテレビではチリの地震と津波の予報で日本の海岸線が写し出されたり、そんな外国のニュースばかり見ていましたが、同時に、フランスなどを中心に欧州西部の広い範囲で27~28日の間に、トンペット=暴風雨(日本で言う台風です)が吹き荒れ、仏西部ロワール地方バンデー地域では海に面した堤防が破壊され(運悪く満潮期に海が荒れ、まるで津波の様な状態で被害が大きく成った様です)、洪水等で流されるなどして51人が死亡と報道、今日はサルコジ大統領が現地に見舞いを兼ねて現場視察。
仏以外に、独、ベルギー、スペイン、ポルトガルの5か国でも被害が出ているニュース等、慌ただしい3月1日(月曜日)の新聞、ラジオ、テレビの報道でした。

ここ一週間のパリの気温は最低気温・零下3~4度に雪が降ったり歩道が凍ったり、散歩は大変です。
パリ郊外は市内より2,3度低く成り、南仏も零下に、雪も積り異常事態でフランス各地で雪の被害も出ています。

寒がりの私は2週間程は車の運転もせず、仲間と昼食や茶会に出るぐらいで、後はのんびりアトリエで制作していますが、今日は珍しく夕食前にテレビにスイッチを入れたら、偶然にも環境問題に取り組んでいる日本の米作りのドキュメントが放映されていました。

フランスのテレビ局が、無農薬でササニシキ作りを目指す、米作りのプロ、佐々木さんが地球温暖化とどう向かい合い、どう対応して行くのか見事に描いたドキュメントでした(そうですササニシキというのは私の大好きな宮城産のお米です)。

海の風景は石巻、松島、唐桑の海に似ている様な場面が、
田園風景は南方町の風景にかなり似ていたので(見覚えの在る風景ですから)、
もしかしたらと、懐かしく見ていましたが、ドキメントはかなり真面目に、田園地帯と山林地帯そして海洋地域との見事に関連している生態系の流れ、
温暖化によって、どう変化しているのか(地球全体としても大きな問題に成っているだけに気になるモノ)、田園環境を大自然の元に戻す計画(海を浄化するには山の樹々も大きく関わっている様に、山、川、海と田園地帯が共に生きる)、更に変化する環境(温暖化)の中で現状から更に先を見込んだ米作りの研究など、地球温暖化に立ち向かう佐々木さんと家族、その仲間達、研究者達との真剣に取り組む姿が写し出されていました。

番組は1時間の記録映像、海の場面では石巻の漁業作業が写し出され、暖流と還流の交わる三陸海岸沖でも温暖化によって収穫する魚の種類が違って来ている様子など、田園風景は我がふるさと登米市の風景(奥羽山脈と北上山地に挟まれた北上平野最北端に位置する田園地帯)に似ていると思いながら見ていましたが、秋の収穫を願う夏祭りで何と佐沼の津島神社や佐沼鹿踊りが出て来て吃驚、パリで我がふるさと登米市の映像を拝見したのですからチャンスでした。

ドキュメンタリー制作は2008年制作。確かに、フランスのテレビ局チームが、登米市に来ている事を聞いた事が在りました。
当時、私は夏休みを利用して登米市に滞在、サトル後援会の絵画教室やミュージアム企画で2階の実習室では米岡小学生や宝江小学校の生徒達と一緒に作品を作っていた時期。
又、サトル・サトウ・ミュージアム収蔵図録完成を祝い、ミュージアムと一緒に全国版で皆様にお披露目しようと市民ミュージアム・ボランテア代表の及川幾雄さんの発案で、及川さんの仲間達が構成したグランド・オープンの準備などで、皆さん忙しくしていた時期でもありました。

新年あけましておめでとうございます。 

2010_01_01[2].jpg

               best wishes for the new year

               meilleurs vœux pour la nouvelle année

               unsere allerbesten wünsche für das neue jahr

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パリに初雪!

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2009_12_17[1].jpg12月17日、朝起きて2階の窓を開けたら、雪がしんしんと降っていて、アトリエの天井窓には雪が積もって、真っ白の天井、やっと冬が到来と言う感じです。

雪の中を遊んだ小さい頃を思い出しながら、ここ2、3日は零下4度、今日は零下1度の最低気温、
今日はアトリエで制作と決めていましたからのんびり、外出は犬の散歩に出るぐらいでした。

パリ市内の車はスノータイヤに交換するなんて聞いた事が無いくらい普通タイヤで走っていますから、雪が降ればパリの街を走る車はのろのろ運転です。

2009_12_17[2].jpgコツーンと小さく触れても(ぶつかっても)ニコニコ顔です。
バンバーが在るから平気なのです(日本ではバンバーがちょいと触れただけで大変な事に成る様ですが)。
今日の雪はフランス全土にまたがり75%地区で雪が降っていた様です。
パリ郊外や地方も雪に被われ、県道、国道、オート・ルートでも事故が多発しています。

3日前から零下の気温でホームレスの対応、パリ郊外RER鉄道のストそしてCOP15の報道とテレビのニュースは盛り沢山の一日でした。

 コンコルド広場から凱旋門広場迄、3Km の道のりが在る両並木道に、今年も奇麗な光を見せるシャンゼリゼのイルミネーションが輝いています。

ChampsElysees[1].jpg
真っ白い小さな可愛い出店も一列に並び、おとぎの国の様な雰囲気で、観光客も夜遅く迄、賑わっています。
 
ChampsElysees[2].jpg日本でも、『オー・シャンゼリゼ』と唄われているシャンゼリゼ。
辞書を紐解けば、les Champs-Élysées とは、ギリシャ神話で有徳の人が死後に住む極楽浄土を意味するそうです。
日本的に無理に訳せば、極楽浄土通り?
日本語では、やはり、シャンゼリゼ通りという言葉が一番合っている様な気がしますね。
 
ChampsElysees[3].jpg

今日は、珍しくサッカーの話です。

パリ郊外のスタッド・ドゥ・フランス(仏・競技場)では、最終W杯・欧州予選プレーオフ。
フランスとアイルランドの試合は既にフランス代表がアウェーで1-0で勝利。
昨夜のホームでの試合はフランス有利と言われていましたが、緊張の中アイルランドが前半にゴールして、0-1、流れは完璧にアイルランドに傾き、テレビで観戦も冷や汗の応援団。

0-1のまま後半を終了し、2戦合計で1-1と成り、試合は予想外の延長戦にそのまま突入。
その前半、なんと!フランスが敵陣ゴール前になだれ込みゴール直横からアシストされたボールをDFのガラスが頭で突き刺さす見事なゴール!観客は大歓声、フランス大統領、首相、かつての大スター・ジダンも、観戦スタジアムは割れる様な騒ぎ。
ところが、テレビの映像には、アシストしたアンリーの左手が2度ボールに触れていたのです。
ハンドを抗議するアイルランドのゴールキパー等が主審に詰め寄りましたが、主審は20m近く離れていてアンリーの後ろ姿しか見えない、それも敵味方が入る交じって居る状態でしたから見えるはずが無いのでした。

2009_11_18[1].jpg悲しいかな試合は続行、テレビで観戦の方々は歓声を上げる事も無く静かなパリでした(普段ですと近くの住宅や道路から歓声が聞こえて来るのですが)。
後半の15分はアイルランドの猛攻をしのぎに凌ぎ、結局2試合計2-1で、辛くも2010年のW杯出場を決めました。
何と言っても前回W杯準優勝のフランス、先ずはめでたしめでたしでした。

ラグビーと異なりビデオで審判するシステムが無い限りこういう事はあり得ます。
昔、アルゼンチンが優勝した時のマラドーナもハンドがありました。映像では確かに右手がボールに触れていたのですが、やはり主審が背中後方で見えずに得点は認められました。「神の手」と言われる由縁です。

アイルランドは素早く再試合を宣言しましたが、覆す事は不可能の様に思います。
昨夜の映像がテレビや新聞で報道されて更に話題に成っている所です。
誤審は付きもの、フランスの監督はもう済んだ事、来年に向けての準備をしなければと冷静な態度を取っています。

それにしても後味の悪い、すっきりしない気分でした。

第一次世界大戦は、1914年から1918年にかけて戦われた人類史上最初の世界大戦、私たちが、中学や高校で学んだとおりです。

WorldWarI[2].jpg WorldWarI[3].jpg  WorldWarI[1].jpg

1914年7月28日~1918年11月11日まで戦われ、ドイツ、オーストリアの同盟国はブルガリア、オスマントルコを味方に、一方、イギリス、フランス、ロシアの協商国は、イタリア、アンドラ、ベルギー、セルビア、ルーマニア、ギリシア、アメリカ、ラテン=アメリカ、日本等、計21カ国の連合国を形成して戦った大戦で、日本は日英同盟によりイギリスからの依頼で参戦、今日の11月11日の日を知っている方も少ないと思いますが、2014年7月 28日は、世界中で第一次世界大戦に関した展覧会が開催されると思います。

日本でもそんな展覧会が開催される事を期待している所です。

パリの凱旋門広場では、ドイツの首相(メルケル)を招き、フランスの大統領(サルコジ)が、第一次世界大戦の戦没兵に対して慰霊を捧げるセレモニーがありました。
ベルリンの壁崩壊の11月9 日から 2日後、欧州共同体の要、フランスとドイツの友好を演出しています。

明日の夕方は、Satoru Sato Art Museum に作品を寄贈して下さった Ode Bertrand の個展、皆さんに個展会場の写真を御見せする事が出来ると思います。

11月9日、〖ベルリンの壁崩壊、20周年記念式典〗の様子は、人の心を揺さぶる感動の場面ばかりでした!berlin_domino[2].jpg

2009年11月 9日の式典は、協会でのミサ、その後、映画でおなじみの元・検問所が在った橋で、ドイツのメルケル首相が元・ソ連ゴルバチョフ大統領、連帯のワレサ元ポーランド大統領と共に渡り、途中、橋の上で、メルケル首相がゴルバチョフに、
「あなたの判断で、東ドイツの危機にソ連が介入を自制して、無血のベルリンの壁崩壊が行われドイツは平和的統一に向ったのです」
とお礼のスピーチ、なかなかの演出でした。

更に、場面はベルリンのブランデンブルク門。
ヨーロッパ首脳が参加する式典、最初のスピーチはサルコジ仏大統領から、メドベージェフ露大統領、ブラウン英首相、クリントン米国務長官、その後、オバマ米大統領の祝辞の映像が流れ、最後に、メルケル首相のスピーチ。
壁の崩壊の歴史的意義を語り、隣国を愛する精神、更に民主化を守り民主化の使命を、又、21世紀のヨーロッパ共同体の結束、世界が直面している課題に正面から挑戦しようと呼びかける姿は納得の行く事でした。
それにしても各国の首脳のスピーチはさすがに素晴らしいモノと思いましたね。

LechWalesa[1].jpgその後、高さ250cm 、重さ20キロの発砲スチロール製のドミノ(画家や学生が描いた作品)1000個が1.5キロに渡って建っている映像が流れ、そのドミノを最初に倒す役目の方は、なんと連帯の立役者、ワレサ元大統領でした。
最初にドミノを倒す方が何故、ワレサ氏だったのか、それにはそれだけの理由が在る訳です。
ベルリンの壁崩壊の9年前1980 年、ポーランドではレフ・ワレサ率いる『連帯』(独立自主管理労働組合)が生まれ、翌1981年『連帯』を非合法化 し、国内改革と民主化を要求、当時の共産党政権を揺るがし、更に1978年にポーランド人として初めてのローマ教皇に就任したヨハネ・パウロ 2 世に謁見(ロシア正教会と異なりポーランドはカトリックが中心)、民主化を進めるに当たって、ヴァチカンの後押しは、ポーランド人に又 彼自信に大きな勇気と精神的な支えを与えた訳です。その後、彼は『連帯』を合法化する所から、さらに1989年2月からはポーランド統一労働者党政権と『連帯』をはじめとする民主化勢力との間で話し合いを(円卓会議)、両者の間で自由選挙の実施する事で合意にありつけたのです。
この合意は素早く 6月に実行に移し、東欧では初めての自由選挙が実施、ワレサ率いる『連帯』が圧 勝し、新政権として民主化を求める非労働党勢力が主導権を握りつつ、労働党勢力を政権に取り入れる連立政権を発足させ、ヤルゼルスキが暫定的な大統領に就任。
首相以下閣僚に『連帯』などの非労働党勢力出身の人物を任命して新生ポーランドがスタート。
新政権は、ポーランド統一労働者党に極めて有利であった憲法の改正、国名の改正(ポーランド人民共和国からポーランド共和国へ)、国民の直接選挙による大統領選挙の導入などを決定、すぐさま1990年、国民の直接選挙によって、連帯のワレサが大統領に当選。
短期間の内に政権の完全委譲が果たされ、当時としては極めて画期的な出来事、東欧が変わり始めた兆しとして世界中が注目し、隣接するドイツ統一に影響を与えた事にも成る訳です。
勿論、1989 年は東欧革命(民主化)と言われる時代を迎え、特にハンガリーでの〖ピクニック事件〗も無視出来ない事件でしたが、時代は 2009 年、欧州共同体が大きく生まれ変わろうとしています。
我が日本はアジアで世界で生まれ変わろうとしているのか気になる所。

berlin_domino[1].jpg

 ベルリンと同じ様にパリでも素晴らしいコンサートが演奏されました。コンコルド広場では合唱隊が海軍省の建物のテラスに出て、演奏者はコンコルド広場の特設会場で、更に、広場には長方形の箱が立ち並び、その箱の中には演奏者が居て、なんと同時にバッハの曲を、ライト照明とは別に建物の壁に映像を写し出したりフランスならではの繊細な光の芸術、眼と耳で鑑賞する音楽です。
勿論,フランスのテレビを5時間近く見ての感想ですが、ドイツ局のテレビを見たら又違う見方も出来たのでしょうが、日本で見る【ベルリンの壁崩壊、20周年記念式典】とは、多少、異なるのではと、報告してみました。


勿論、いつもの様に、私の偏見と独断のニュースでした。

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Satoru Sato

サトル・サトウ
画家・造形作家
パリに滞在して40年、
画家・環境造形作家として、
アートに専念しています。

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