
サトル・サトウの略歴
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西 暦(年)
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略 歴
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1945
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宮城県登米市中田町石森に生まれる
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宮城県佐沼高等学校卒業
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1969
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東洋美術学校卒業、その年、パリ国立美術学校に留学、1974年迄学ぶ。
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1970
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エジプト旅行、ピラミッドに出会い、構成、構造、幾何学の原点に触れ、衝撃を受ける
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1973
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ミシェル・スフォール、岡本謙次郎と出会い、大きな影響を受ける。この頃より、パリの幾何学構成主義的作家達と交流を持ち、グループ展等に参加し始める
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1976
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パガニー野外彫刻美術館より依頼され、モザイクを制作。イタリア
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1979
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パリにて、鉛直主義を唱える
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1986-2004
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パリの現代サロン、グランエジュンヌドージュドウイの運営審査委員に任命される
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1988
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宮城の五人展、招待出品、宮城県美術館、仙台
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1989
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在仏20年記念展が、有楽町・そごう、仙台・藤崎、銀座・モリス・ギャラリー、新潟の創庫美術館、パリ・ギャラリー・コンベルジャンス等で開始され、作品集が創庫美術館より出版される
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1990
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御影石による、初めての野外彫刻制作、南方中学校
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1991
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1%制作、ブルガンブレス市立中学校に環境造型アート作品を制作
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1991-2007
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国立パリ大学第八、造型美術学科講師を勤める
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1992
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みなみかたアート・フェステバルを企画、7人の現代彫刻家・現地制作(登米市南方町)、全国的にテレビ、ラジオ、新聞等で報道される
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1994
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登米祝祭劇場庭に、御影石による作品を制作
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1995
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登米市夏川、ポンデザール(芸術橋)橋全体と周りの自然を取り入れた環境造型的作品を制作
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1996
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仏・クレルモン・フェラン、御影石に寄る環境造型作品制作 700 x 1400 x 5300cm
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1998
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エクワドル・キトのメトロポリタン公園にコンクリートで環境造型作品制作 700 x 1500 x 4500cm、エクワドル政府より第一等文化功労賞を受ける
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2000
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韓国・山清市の国際彫刻シンポジュームで大賞を受賞
朝鮮戦争終結50周年記念国際彫刻シンポジュームにて、釜山広域市南区の名誉区民賞を受賞
登米市中田町、諏訪公園、2.5ヘクタールの空間環境造型アート作品を完成
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2001
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レバノンで野外造型作品を制作
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2003
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韓国民族村にて、野外造型作品を制作
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2004
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台湾、桃園郡にて、野外作品を制作、550 x 460 x 2000cm
米国、プエルト・リコ大学本部公園にて野外作品を制作、680 x 1000 x 2200cm
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2005
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べネズエラにて、環境造型作品を制作
石森章太郎ふるさと記念館隣、安永寺(中田町石森)の為に、”無常の響き”制作
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2006
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アンドラ国、郵政局より、2004年制作の環境造型作品の作品(900 x 600 x 5050cm)の作品が、切手として30万部発行される。
61ヘクタールの”アートの中の街作り”、全体アート基本構想図面を制作。
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2007
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登米市立 Satoru Sato Art Museum 開館(登米市中田学習センター内)
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2008
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パリ招待サロン、レアリテー・ヌーベル(幾何学構成絵画)の運営審査委員に任命される。
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これ迄、個展70回、グループ展380回、環境造型作品制作設置は40点を数え、30ヶ国で発表。