世界で活躍する日本の芸術家たち。

いわさきちひろの晩年と作品

いわさきちひろの晩年

アンデルセンとちひろ

ちひろは「マッチ売りの少女」や「人魚姫」で知られるハンス・クリスチャン・アンデルセンに深い思い入れを持っていました。画家として自立するきっかけとなった紙芝居「お母さんの話」をはじめ、当初から多くの作品を手掛けていました。1963年6月に世界夫人会議の日本代表団として渡ったソビエト連邦では異国の風景を数多くスケッチし、アンデルセンへの思いを新たにしました。さらに1966年、アンデルセンの生まれ育ったオーデンセを訪れたいとの思いを募らされていたちひろは、「美術家のヨーロッパ気まま旅行」に母・文江とともに参加し、その念願を果たしました。この時ちひろはアンデルセンの生家を訪れ、ヨーロッパ各地で大量のスケッチを取りました。二度の海外旅行で得た経験んは、同年に出版された「絵のない絵本」に生かされています。

挿絵画家として

当時の日本では、絵本というものは文が主体であり、絵はあくまで従、文章あってのものに過ぎないと考えられていました。至光社の武市八十雄は欧米の絵本作家からそうした苦言を受け、ちひろに声をかけました。2人はこうして新しい絵本、「絵で展開する絵本」の製作に取り組みました。そして1968年「あめのひのおするばん」が出版されると、それ以降ほぼ毎年のように新しい絵本を制作しました。中でも1972年の「ことりのくるひ」はボローニャ国際児童図書館でグラフィック賞を受賞しました。また当時、挿絵画家の絵は美術作品としてほとんど認められず、絵本の原画も美術館での展示などは考えられない時代でした。挿絵画家の著作権は顧みられず、作品は出版社が「買い切り」という形で自由にすることが一般的でしたが、ちひろは教科書執筆画家連盟、日本児童出版美術家連盟にかかわり自分の絵だけでなく、絵本画家の著作権を守るための活動を積極的に展開しました。また、ちひろは「子どもの幸せと平和」を願い、原爆やベトナム戦争の中で傷つき死んでいった子供たちに心を寄せていました。1967年には、稲葉桂子の勧めで作文集「原爆の子」と詩集「原子雲の下より」から抜粋した文にちひろが絵を描いて「わたしがちいさかったときに」を出版しました。1973年には、1972年に童画ぐるーぷ車の展覧会に出品した「こども」という題の3枚のタブローをきっかけとして、ベトナム戦争の中での子どもたちを描いた「戦火のなかの子どもたち」を出版しました。この作品がちひろの最後の絵本でした。

没後

1973年秋、肝臓癌が見つかったちひろは、翌年の8月8日に原発性肝臓癌のため死去しました。ちひろの没後もちひろの挿絵は様々な場面で用いられました。そのひとつに1981年の黒柳徹子の著書、「窓際のトットちゃん」があります。夫の善明と一人息子の猛はちひろの足跡を残すために、1977年9月、下石神井の自宅跡地にちひろの個人美術館として「いわさきちひろ絵本美術館」を開館しました。1980年には、岩崎書店より「いわさきちひろ作品集」全7集が出版されました。上笙一郎によれば、個人美術館開設と個人全集刊行は「日本の童画家としては初めてのこと」だったそうです。やがて、ちひろ美術館はちひろの作品の収集展示という個人美術館の枠を超え、「絵本の美術の一ジャンルとして正当に評価し、絵本原画の散逸を防いで、後世にの恋ていくこと」に目的を広げて活動を展開します。絵本原画を残す活動に共鳴する作家らの協力もあって、作品の収集が進み下石神井のちひろ美術館は手狭になっていきました。そのため1997年4月に、長野県北安曇郡松川村に広い公園を併設した「安曇野ちひろ美術館」が開館しました。

主な作品

絵と文を担当した絵本

  • 1968年「あめのひのおるすばん」・・・案:武市八十雄
  • 1970年「あかちゃんのくるひ」・・・案:武市八十雄
  • 1971年「となりにきたこ」・・・案:武市八十雄
  • 1972年「ことりのくるひ」・・・案:武市八十雄
  • 1973年「戦火のなかの子どもたち」・・・ちひろの遺作。
  • 1973年「ゆきのひのたんじょうび」・・・案:武市八十雄
  • 1974年「ぽちのきたうみ」・・・案:武市八十雄

絵を担当した絵本

  • 1960年「あいうえおの本」・・・文:浜田廣介
  • 1965年「おはなしアンデルセン」・・・原作:アンデルセン、編著:与田準一・川崎大治・松谷みよ子
  • 1965年「ちゅうのめのなみだ」・・・文:浜田廣介
  • 1966年「つるのおんがえし」・・・文:松谷みよ子
  • 1967年「にんぎょひめ」・・・原作:アンデルセン、文:曽野綾子
  • 1967年「うらしまたろう」・・・文:松谷みよ子
  • 1968年「あかいくつ」・・・原作:アンデルセン、文:神沢利子
  • 1968年「あかいふうせん」・・・原作:ラモリス、文:岸田衿子
  • 1969年「世界の名作1 青い鳥」・・・原作:メーテルリンク、文:高田敏子
  • 1696年「おにたのぼうし」・・・文:あまんきみこ
  • 1970年「にじのみずうみ」・・・文:坂本鉄男
  • 1970年「もしもしおでんわ」・・・文:松谷みよ子
  • 1970年「おふろでちゃぷちゃぷ」・・・文:松谷みよ子
  • 1971年「ゆきごんのおくりもの」・・・文:長崎源之助
  • 1971年「あかちゃんのうた」・・・文:松谷みよ子
  • 1972年「ひさの星」・・・文:斎藤隆介
  • 1992年「マッチうりの少女」・・・原作:アンデルセン、文:木村由利子
  • 1984年改訂「おやゆびひめ」・・・原作:アンデルセン、文:立原えりか
  • 1984年改訂「りこうなおきさき」・・・原作:ガスター、文:立原えりか
  • 1984年改訂「しらゆきひめ」・・・原作:グリム、文:立原えりか
  • 1984年改訂「はくちょうのみずうみ」・・・チャイコフスキー音楽より、文:立原えりか
  • 1984年改訂「ふたりのぶとうかい」・・・ウェーバー音楽より、文:立原えりか
  • 1984年改訂「あおいとり」・・・原作:メーテルリンク、文:立原えりか

挿絵を担当した童話

  • 1966年「絵のない絵本」・・・原作:アンデルセン、訳:山室静
  • 1967年「わたしがちいさかったときに」・・・編:長田新
  • 1968年「愛かぎりなく デカブリストの妻抄」・・・詩:ネクラーソフ、訳:谷耕平
  • 1969年「花の童話集」・・・作:宮沢賢治
  • 1969年「鯉のいる村」・・・著:岩崎京子、絵:岩崎ちひろ・東本つね
  • 1970年「万葉のうた」・・・文:大原富枝
  • 1971年「たけくらべ」・・・文:樋口一葉
  • 1972年「あかまんまとうげ」・・・文:岩崎京子
  • 1972年「母さんはおるす」・・・作:グェン・ティ、訳:高野功
  • 1973年「きつねみちは天のみち」・・・作:あまんきみこ
  • 1975年「赤い蝋燭と人魚」・・・作:小林未明
  • 1981年「窓ぎわのトットちゃん」・・・著:黒柳徹子

いわさきちひろの魅力

私は母がいわさきちひろのファンだったため、幼いころから彼女の絵本に親しんできました。「戦火のなかの子どもたち」をはじめ、「りゅうのめのなみだ」「赤い蝋燭と人魚」「あかいくつ」「ひさの星」など様々な絵本がわが家にはあり、寝る前の読み聞かせによく使われていました。子供の頃は、なんとなく悲しくて暗い印象のあるちひろの絵があまり好きになれませんでした。しかし段々と大人になるにつれて、ちひろの絵に秘められた子供たちを見守る優しいまなざしやぬくもりを感じるようになり、彼女の絵の虜になってしまいました。特に好きなのは「ゆきのひのたんじょうび」です。赤い帽子をかぶって寒さにほっぺたを赤く染めるちいちゃんの絵がお気に入りで、ポストカードを部屋に飾ったりもしました。この絵本を読んだとき、いわさきちひろの絵本は悲しくて暗い話ばかりだと思っていた私の考えは一転しました。「ゆきのひのたんじょうび」はとてもポップで明るく、子供の頃の自分を見ているような、そんな気持ちにさせてくれる絵本です。小さいころに読んでいたらきっと、自分がちいちゃんだと信じて疑わなかったことでしょう。それくらい子供の日常をとても繊細に表現しているのです。とても可愛らしい絵本なので、ぜひとも読んでみてください。