世界で活躍する日本の芸術家たち。

草間彌生

ピンクのおかっぱに水玉柄の真っ赤なワンピースを着たおばあさんの姿を、テレビや雑誌などで見たことがある方も多いのではないでしょうか。彼女は、長野県出身の芸術家・草間彌生です。現在なんと85歳なのですが、まだまだ現役で活躍しており、次々に独創的な作品を作り上げているとてもパワフルな女性です。絵画の画面や彫刻の表面のみならず、見る者の視界を覆い尽くすほどの水玉模様のモチーフを使うことで知られています。ファッションデザインや小説の執筆も行っており、世界中の芸術家に影響を与えた人物として有名です。

プロフィール

1929年3月22日生まれ。長野県松本市の松本駅近くで、種苗業を営む裕福な家に生まれました。幼いころから草花やスケッチに親しんでいたそうです。一方で、少女時代から統合失調症を病み、繰り返し襲う幻覚や幻聴から逃れるために、それらの幻覚や幻聴を描きとめる絵を描き始めます。草間は現在に至るまで水玉をモチーフに制作することが多いですが、これは「耳なし芳一」が幽霊から身を守る為に全身を経で埋め尽くしたように、彼女が恐怖する幻覚や幻聴から身を守る為に、作品全体を水玉で埋め尽くす儀式でもある、とされています。1945年、大戦下に疎開してきた画家らが立ち上げた「第一回全信州美術展覧会」で並み居る顔ぶれの中16歳で入選しました。松本高等女学校を卒業後、京都市立美術工芸学校の4年生最終課程に編入して日本画を学び、翌年卒業します。後に役立つ絵画技法を身に着けますが、旧弊な日本画壇に失望し、松本の実家へと戻って寝食も忘れて絵に没頭しました。

画家として

1952年、地元の松本市公民館で2度の個展を開きます。1度目の折には精神科医の西丸四方が立ち寄り、その絵に感銘して絵を購入しました。西丸は関東精神神経医学学会で草間を紹介したほか、知人でゴッホ研究で有名な精神科医・式場隆三郎が、東京日本橋の白木屋百貨店などでのつてを紹介される縁を得ました。2度目の個展では師と仰ぐ松澤宥に賛助出品してもらい、パンフレットには松澤宥と懇意だった当時著名な美術評論家・瀧口修造らの寄稿文も掲載されました。西丸博士と瀧口は、その後生涯にわたるよき理解者となりました。1954年から翌年にかけては、東京で4度の個展を開きました。白木屋百貨店の他、瀧口の関わるタケミタ画廊でも個展を開催しました。この頃は素描のほかにコラージュなども量産していました。

渡米

瀧口がニューヨークの第18回国際水彩画ビエンナーレへ彼女を紹介し、渡米の糸口を作ります。それをきっかけに草間は1957年に渡米します。活動の中心をニューヨークに置き、ドナルド・ジャッドやジョセフ・コーネルらと親しくなりました。絵画だけでなく、男根状のオブジェっを既製品に貼り付けた立体作品やインスタレーションをはじめ、ハプニングと称される過激なパフォーマンスも実行しました。また、ヴェネツィア・ビエンナーレにもゲリラ参加し、1960年代には「前衛の女王」という異名を取りました。一方で、平和・反戦運動にも携わりました。1968年には、自作自演の映画「草間の自己消滅」が第4回ベルギー国際短編映画祭に入賞、第2回アン・アーバー映画祭で銀賞受賞、第2回メリーランド映画祭でも受賞しました。

帰国

ニューヨークで順調にそのキャリアを重ねていた草間でしたが、1973年に親友でパートナーのジョゼフ・コーネルが死去します。草間はこれで体調を崩し、日本へ帰国して入院します。1978年には、処女小説「マンハッタン自殺未遂常習犯」を発表、1983年には小説「クリストファー男娼窟」で第10回野生時代新人文学賞を受賞するなど小説家としての活動も行っています。小説もその芸術創作と主題がリンクしており、少女時代の幻視体験をモチーフにしたものもありました。草間が本格的に活動を再開したのは1990年代初頭でした。1993年、ヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加し、世界的に再評価熱が高まりました。2009年にはauのiidaブランドの末端をプロデュースし、2012年にはルイ・ヴィトンとの共同コレクションをは発表するなど、商業分野での活動も盛んに行いました。現在の取扱代理画廊は、1980年代よりオオタファインアーツ、2007年よりVictoria Miro Gallery、2013年よりDavid Zwirnerとなっています。また、現在東京都新宿区に初の個人美術館を建設中であり、2014年内の開館を予定しているそうです。

草間彌生の魅力

草間彌生の絵は、遠目で見るととってもカラフルでポップです。赤と白の水玉や不思議なかぼちゃの絵にはかわいらしさを感じさえするのですが、じっくりと近くで見ると、心臓が毛羽立つような不思議な不安感に襲われます。何とも気持ちが悪いのですが、不快ではないという微妙さが実に不思議です。見たくないのに見入ってしまうという魔力は、やはり長年精神病に苦しめられてきた草間彌生が、その苦しみを解き放つために生まれた作品であることに由来するのだと思います。彼女は自分の作品に絶対の自身を持っています。ピカソを超える画家として歴史に名を残したいと公言しているほどで、85歳となった今も毎日アトリエに通い、作品作りに身を投じているのだそうです。死ぬまでにあと1万枚は絵を描きたいという草間彌生。その創作にたいするエネルギーは本当に尊敬します。生涯現役で長生きして、有言実行してほしいなと思っています。