世界で活躍する日本の芸術家たち。

村上隆

村上隆は東京都出身の現代美術家・ポップアーティストです。ゆずのCDジャケットを長年担当している他、ルイ・ヴィトンとコラボレーションしたり、フランスのヴェルサイユ宮殿で個展を開いたりと、度々話題になる人物です。パステルカラーで彩られたひまわりのような花や目玉、不思議な動物たちなどの絵が有名です。ポップでカラフルで摩訶不思議な世界は、まさに「新ジャポニズム」と言えるのではないでしょうか。

プロフィール

1962年2月1日生まれ。東京都板橋区出身。本郷高等学校を経て、2浪したのち1986年に東京藝術大学美術学部日本画科を卒業、1988年に同大学大学院美術研究科修士課程を修了、1993年に同博士後期課程を修了しました。小さい頃からアニメが好きで、「未来少年コナン」や「ルパン三世 カリオストロの城」を観てアニメーションの仕事に就きたいと考え、高校卒業後にはアニメーターを志していました。しかし途中で挫折し、おなじく以前から興味のあった日本画を習い、東京芸術大学に入学します。同大学では美術学部日本画科に学び、1986年の卒業時には「横を向いた自画像」を制作・提出しました。1988年に東京芸術大学大学院修士課程の修了制作が、首席とならず次席であったために、日本画家への道を断念します。1991年には、個展「TAKASHI,TAMIYA」を開催し、現代美術家としてデビューしました。同年、ワシントン条約で取引規制された動物の皮革で作ったランドセルを展示するプロジェクトを展開します。1993年には、東京芸術大学大学院の美術研究科博士後期課程を修了「美術における『意味の無意味の意味』をめぐって」と題した博士論文をもって、同大学日本画科で初めての博士号取得者となりました。

アメリカでの活躍

1998年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校美術建築学部客員教授に就任します。2001年にはアメリカ・ロサンゼルスで、展覧会「SUPER FLAT」展が開催され、全米で話題となりました。2005年4月にはニューヨークにて個展「リトルボーイ展」を開催しました。自身の作品の他、ジャパニーズ・オタクカルチャーや日本人アーティストの作品が展示され、またリトルボーイ展では「父親たる戦勝国アメリカに去勢され温室でぬくぬくと肥えつづけた怠慢な子供としての日本と、そうした環境ゆえに派生した奇形文化としてのオタク・カルチャー」、「それがゆえにオタク・カルチャーのきっかけはアメリカにもあるのだ」との考えが提示されました。翌2006年にこのリトルボーイ展は、キュレーターに送られる世界で唯一の賞であるニューヨークの美術館開催の最優秀テーマ展覧会賞を受賞しました。

活動の場を世界へ

2005年1月末からはPHS会社・ウィルコムのCMに出演し、話題となりました。近年は六本木ヒルズのトータルプロデュースの一員やイメージキャラクター「ロクロク星人」のデザイン、フロアガイド冊子のデザインなども手掛けています。また「ルイ・ヴィトン ミーツ ネオ・ジャポニズム」と題し、高級ファッションブランドのルイ・ヴィトンをクライアントとするコラボレーション製品などを発表し、世界中で知名度をあげました。2006年には芸術選奨新人賞を受賞。2008年に村上は、米Time誌の「世界で最も影響力のある100人」の1人に選出されています。

クール・ジャパンと村上隆

2010年に開催されたシンポジウム「クール・ジャパノロジーの可能性」では、「アート界における“クール・ジャパン”の戦略的プロデュース法――Mr.の場合」と題した講演を行いました。講演では、日本の漫画やアニメ、またそれらを産み出した日本自体を肯定的に解釈し、それらの前提のもと、今日ではクール・ジャパンと呼ばれている観点を日本人作家作品によっていかに西洋アート界に体現させていけるか、とのテーマについて初期から漸進的に取り組んできた軌跡を発表しました。ただし、2012年には、自身とクール・ジャパンとの関係性を全面否定し、またオタクカルチャーは醜悪なものとの認識を基底としたテーマのグループ展も開催しています。

村上隆という人物

自らの作品制作を行う傍ら、芸術イベント「GEISAI」プロジェクトのチェアマンを務め、アーティスト集団「カイカイ・キキ」を主宰し、若手アーティストのプロデュースを行うなど、活発な活動を展開しています。同集団は、アメリカのニューヨークにも版権を管理するエージェントオフィスを持っています。日本のアニメポップ的な作風の裏には、日本画の浮世絵や琳派の構成に影響されている部分も強く、日本がのフラット感、オタクの文脈とのリンクなど現代文化のキーワードが含まれています。中でもアニメやフィギュアと言ったいわゆる「サブカルチャー」であるオタク系の題材を用いた作品が有名です。アニメ風の美少女キャラクターをモチーフとした作品は中原浩大の「ナディア」に影響を受けたのだそうです。アニメーター・金田伊功の影響を強く受けており、自分の作品は金田の功績を作例として表現しているだけと話したことも有ります。

村上に対する批判

この村上の一連の創作活動について、スタジオぬえのスタッフだった漫画家の細野不二彦は自身の作品「ギャラリーフェイク」を通して「既成文化の盗作に過ぎない。日本のオタク文化に詳しくない外国人が、これらの作品の引用的要素をオリジナリティと勘違いして高く評価するのは当たり前」と非難しています。これに対して村上は、細野さんと話したいと話しており、誰かが体系化しないと、日本の文化として生き残れないと話しています。また、漫画原作者である大塚英志は、教授として就任した大学のトークショーにおいて「現代美術のパチモノの村上隆は尊敬はしないし、潰していく。我々のいうむらかみたかしは4コマ漫画の村上たかしのことだ」と強く非難し、また、現代美術家がサブカルを安易に取り上げる事や後述のリトルボーイ展の戦後日本人のメンタリティを無視した展示内容に強い不快感を示しています。映画評論家の町山智浩も自身のブログで、「本来好きでもないのに、『電通的なマーケティング』でアニメ的手法を用いているのが許せない」「村上自身は『自分には表現すべきものがない』と言っているそうだが、本当は『自分は偉い」ということだけがテーマなのだ」と、村上を痛烈に批判しています。一方、精神科医の斎藤環は、批判者の言説は「村上隆は日本のオタク文化のいいとこどりをしただけ」との単純な論理に依ると捉え、そのような論理は根本的に誤解であり、不当な批判を行っているとして厳しく非難しています。また、村上の作品はオタク文化から影響を受けているだけでなく、それを昇華させてオタク文化に影響を与えてもいると述べています。

村上自身の考え

村上は自らの作品について「日本人よりも外国人の方が面白がって評価してくれる」と主張しています。またオタクからの批判も多いですが、これについて村上は「何の情報も持たない海外では、まずは分かりやすい“サビ”の部分を繰り返し演奏する仕掛けが必要」と考える反面「それはオタクの方々には“否”なんでしょうね」と批判を分析しています。村上曰く、「マティスのような天才にはなれないが、ピカソやウォーホール程度の芸術家の見た風景ならわかる。彼らの行ったマネージメントやイメージ作りなどを研究し自分のイメージ作りにも参考にしている」と語っています。

村上隆の魅力

日本で一番嫌われている芸術家といっても過言でないのが村上隆だと思います。オタク文化に影響されながら、オタク文化を全否定するという所業のお陰でインターネット上などで度々批判されています。私個人的には、村上隆という人間自体は好きにはなれませんが、彼の描くカラフルでポップな絵は素直に可愛いと思います。ただ、それが芸術かと言われると疑問です。こんなことを言うと大変失礼かと思いますが、彼の絵は「イラスト」の域を出ていないと思うのです。私には村上隆が世界中で絶賛される理由が分かりません。ただ単に物珍しいからというだけのような気がしてならないのです。彼のようにオタク文化を芸術として世界に売り込もうとした人が他にいなかったからあれだけもてはやされているのだと思います。しかし、やはりその発想力と行動力は凄いです。前例がないことを自分の手で成し遂げようとするのには、大変なエネルギーと自信、勇気がなくてはいけません。そのすべてが村上隆には備わっていたのでしょう。芸術家としての村上隆にはあまり魅力を感じませんが、一つの事業を成功に導いた人としては尊敬に値すると思います。