世界で活躍する日本の芸術家たち。

注目の若手:ヤノベケンジ

いま日本の美術界でもっともその動向に注目が集まっているのは、ヤノベケンジではないでしょうか。ヤノベケンジは大阪府茨木市出身の現代美術作家です。彼の作品の大きなテーマとされているのが「大阪万博」と「原子力」です。2011年に起こった原子力発電所事故の以前からガイガーカウンター付きの放射能完治服を着用した人形やロボットなどの作品を発表しており、チェルノブイリにも訪れています。

プロフィール

1965年生まれ。大阪府茨木市出身。兄の矢延隆生はフジテレビの元スポーツ部プロデューサーです。少年時代から特撮、特に怪獣の造形に夢中で、怪獣のイラストを描いたり造型をしてはSF雑誌「宇宙船」などに投稿していたそうです。大阪府立春日丘高等学校を経て、1989年に京都市立芸術大学美術部彫刻専攻を卒業しました。その後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに短期留学し、1991年に京都市立芸術大学大学院美術研究科を修了しました。1994年から3年間ベルリンに活動拠点を置き、現在は大阪府高槻市に在住しています。

デビュー

1990年に京都のアートスペース虹で、生理食塩水を入れたタンクの中へ鑑賞者が浸かり瞑想するという体験型作品「タンキング・マシーン」を発表しました。同作で第一回キリンプラザ大阪コンテンポラリーアワード最優秀作品賞を受賞しました。その後、1992年水戸芸術館での個展「妄想砦のヤノベケンジ」では、美術館へ住みこんでユーモラスな形でありつつ後の放射能汚染された環境でも生き抜く機能のあるスーツ、サバイバル用の機器一式、それらを収納して移動する車両などを発表しました。以後「サバイバル」をテーマに最終的な環境下で使用するための機械彫刻シリーズを続け、1994年以降はベルリンへ移住し欧米でも精力的に制作・発表しました。主に日本のサブカルチャーとの関連でも取り上げられ、注目を浴びました。

「アームスーツプロジェクト」の開始

1990年代後半になると、阪神・淡路大震災やオウム事件など世間を揺るがす事件が次々に起こります。ヤノベは妄想であったものがこのような事件として現実となったことで大きな転機を迎えました。この頃からヤノベは史上最後の遊園地計画「ルナ・プロジェクト」を構想、その一環として「アトムスーツプロジェクト」を開始しました。鉄腕アトムにどことなく似た形のガイガーカウンター付き放射能感知服を着用し、チェルノブイリ原発や周辺の放棄された都市の廃墟、大阪万博跡の万博記念公園、砂漠や海岸などを歩き、子供の頃に感じた「未来の廃墟」へ、もう一度戻るための時間旅行を試みたのでした。開催後三十年を経て朽ちていく途中の大阪万博の残存物との出会い、チェルノブイリの激しい放射線量、遊園地・保育園・軍用車などの残骸の「現実の廃墟」のすさまじさ、どこにでも生きていける人々たちとの遭遇などの体験から帰ったヤノベは、以後の作品のテーマを「廃墟からの再生」に転換していきます。

子供たちのために

ヤノベは「アームスーツプロジェクト」の後、チェルノブイリの保育園で見た人形と万博後に廃墟で見たロボットをモチーフにした大型ロボットや、子供の命令だけで歌い踊り火を吐く巨大な腹話術人形型ロボットなどを制作します。2003年には、大阪万博の美術館だった国立国際美術館で、集大成的展覧会「メガロマニア」を開催します。解体されたエキスポタワーから下ろされた朽ちた展望台の一部を使用し、展望台内で生えていた苔を育てるなどの作品を制作しました。2005年には、豊田市美術館で個展「KINDERGARTEN」を開催しました。ヤノベの5歳になる息子の声が登録され子供の命令しか聞かないという高さ約7.2mのロボット人形「ジャイアント・トらやん」や、ヤノベ自身が乗っていた車と産業廃棄物で作った約3.7mのマンモスロボット、映画を観たりお菓子を食べたりして生き延びる子供用核シェルターという設定の作品「森の映画館」などを公開しました。ヤノベは「この展覧会が、子供たちにとって何かのきっかけ作りになればうれしい」と、中日新聞の取材で訪れた子供記者たちに語りました。

作風

ヤノベの作品は「子供時代の記憶や関心」に基づいて、「現代社会と終末の未来を行く抜くためのサバイバル・マシーンである機械彫刻群」を、「妄想の力」によって制作されています。この妄想の力の根底にあるのは、自宅近くの大阪万博会場跡地で遊んだ記憶なのだそうです。6歳の時に茨木市に引っ越してきたときには、既に万博は終了しており、跡地は再利用の計画も曖昧なまま更地工事が続いていました。近未来的なパビリオンの残骸や、巨大ロボット・デメが放置されたお祭り広場で遊んだとき「未来の廃墟」というイメージを感じました。ですが不思議と悲しくはなく、むしろ何もなくなったこの場所から何でも作り出せる、と胸の高鳴りを覚えたそうです。この体験が現在のヤノベの制作意欲に繋がっているのです。

ヤノベケンジの魅力

黄色い防護服に身を包んだキューピーちゃんのような可愛らしいお人形「Sun Child」、それがヤノベケンジの代表作です。福島第一原発の事故があってから、まるで宇宙服のような防護服に身を包んだ人の姿をテレビや新聞でも度々見かけるようになりました。そのニュースには色々な人の悲しみや怒りが込められていて、あの白い防護服には嫌悪感を抱かざるを得ないような状態が続いています。しかし、ヤノベケンジの黄色い防護服からは、ここから新たに立ち上がるんだという希望のメッセージを感じ取ることが出来ます。チェルノブイリの廃墟や大阪万博の跡地、何もない雪原に立つ黄色い防護服。その姿は、ヤノベ自身が語った「何もなくなったこの場所から何でも作り出せる」という思いが込められているような気がするのです。キラキラした瞳で遠くの星を眺めているかのようなSun Childの表情は、未来への決意や希望を胸に称えた強い意志を感じます。ヤノベの作品は、どんな絶望的な状況でも笑いや希望はあるのではないかということを示してくれているような気がします。